テレワークの歴史を時代とともに遡ってみたいと思います。と言っても、米国やカナダ企業での個人的な経験です。すべての会社に当てはまるわけではないし、どの時代が良いというわけでもありません。いつだって「古き良き」時代があって、後で合理的に判断したら古い時代のほうが理にかなっていた、ということもあります。ここでは、ただ単に辿った経路を書き出して、これからそれをなぞるかもしれない職場の参考になればと思います。
理由はひとえに新型コロナウイルスです。今後、収束しても、インフルエンザのように毎冬職場で誰かしら一人か二人(あるいはそれ以上が)罹るような身近な病気として共に生きていかなければならない可能性もあります。だとしたら、テレワークは今だけの臨時の措置ではなく、これからのワークスタイルとして必須になります。
原始時代
テレワークの初期の形態 = 仕事を自宅に持ち帰る、をやり出したときは、家でできる種類の仕事だけをディスクに入れて持ち帰り、自宅のパソコンでやっていました。たとえば、設計仕様書やユーザーマニュアルなどの文書類の執筆です。これを週末にやるのは単なる残業です。通常の業務時間内にやって、はじめてテレワークと言えます。特別な事情があるときのみ、申し訳なさそうにやっていました。
黎明期
社員にノートパソコンが支給されるようになりました。自宅のパソコンを使わないだけでも相当にセキュリティは向上します。原始時代には申し訳なさそうに自宅で仕事をさせてもらっていたのですが、ノートパソコンを渡されたら「自宅でもやれ」と言われているようなものなので、申し訳なさは格段に減りました。ただし、前述の週末に持ち帰る(テレワークではないただの残業)も増えました。
成長期
社員全員のノートパソコンがエンクリプト(暗号化)され、仮想デスクトップで仕事環境につなぐようになりました。出社しようが、家にいようが、必ずそれをするので、基本的に出社することの意義は「人に会う」以外では薄れました。ほぼなくなったと言うべきですが、家のネット環境と会社のとでは違うし、モニターの数とか大きさ、キーボードの打ちやすさなど、個々に環境の違いは否めません。家にいると仕事していないと、上司にではなく家の者に思われる傾向があって、何かと頼まれごとをするという難点もありました。
成熟期
会社に自分の机がなくなりました。会社の経理は社員一人に付き机1台分いくらとコストを計上します。どうしても会社にオフィスを構えたい社員はそれだけコストのかかる社員です。つまり、この頃からテレワークが会社の経費削減になるという認識が広まりました。出社すると、図書館のように空いている机を探します。仲の良い人同士で隣に座ったり、嫌いな上司から離れて座ったり、小学生に戻ったような、社会人としては若干退化した感はあります。せっかく出社したのに上司と違うフロアに座って、「今どこ?」とチャットが入ったら「自宅です」と答える人もいました。これぞ本末転倒、何のための出社?と訊きたくなりますが、「ずっと在宅でさみしくなったから同僚に会いに来た」とたまに予備校に顔出す浪人生のようなことを言っていました。チームの大半が海外にいたりして、そもそも同じ屋根の下に集まることなど有り得ない状況だったせいもあります。
衰退期
やたらコラボレーションが叫ばれ始めました。アジャイル開発とか言って、毎日会議するようになって、現場で打ち合わせしながら進め、微調整を繰り返すことが求められるようになりました。つまり、顔を出すことの価値が急に大復活しました。スクラムマスターが常にモニターに顔を映し出して、その脚付きモニターがオフィス内を自由に移動して声をかけ回る職場もありました。勝手に壁にぶち当たってモニターが倒れ、「あれ、なんか天井しか見えないんだけど、みんなどこ?」とスピーカーが叫んでいるのに、誰もそれに構わない放置プレイも横行しました。
この時期は必ずしも衰退期ではなく、スタッフも依然世界に散らばり、会議は相変わらずオンラインでした。テレワークとコラボレーションを両立させるため、一日6、7件、朝から晩まで会議という日も多く、遠い世界を夢見るようになりました。中学で合唱した「気球に乗ってどこまでも」がしきりに頭の中で流れていた時期でした。
これは個人的な体験談なので、テレワークの歴史のほんの一例に過ぎません。つまり、一度は完全定着したテレワークが、コラボレーション重視の潮流で後退し、職場に集まることの意義が見直される時期もあったのですが、それを新型コロナウイルスが完全に元に巻き戻しました。
課題は、テレワークとコラボレーションの両立なので、個々の役割を明確にし、どの部分でどれぐらい連携するのかを決めておくことが重要なのではないかと思います。
仕事環境のキーワードとしては、暗号化などのセキュリティとVDI(仮想デスクトップ)、クラウドの高可用性(HA)でしょうか。ウイルスに負けずに経済を盛り上げるには、ワークスタイルを変えなければならないので、テレワークの環境整備は避けて通れない道です。