日本では、DXと言えばクラウド、というイメージが定着している感があります。「クラウド」と名のつくものを導入すればデジタル化が達成されるかのような印象を持たせるテレビコマーシャルもよく見かけます。そのようなITサービスの広告が、いったい何をもって「クラウド」と言っているのか、あらためてCM動画などを検索して見直してみると、どうやら「インターネット」のことなのではないかという気がしてきました。
いやいや、何を今さら、インターネットを導入して会社のDXを促進!なんて戯けたことを抜かしていたら世界中の笑いものになってしまうので、「クラウド」という言葉の裏にはもっと深い意味があるはずです。そこは絶対にあるはずなのですが、でも「クラウド」を「インターネット」に置き換えても、すっと理解できてしまうのは気のせいでしょうか。
テレビCMなどは一般大衆が見るものなので、あえてシンプルにわかりやすく、クラウドの具体的な内容に深く触れないようにしたら「クラウド=インターネット」になってしまうだけなのかもしれません。英語のジョークでも、「The cloud is just someone else’s computer(クラウドは単なる他人のコンピュータ)」という有名なフレーズがあって、Tシャツやマグカップのロゴになったりしています。
つまり、具体的に深くは説明したくないけれど「クラウド」という言葉は強調したいCMのような媒体では、クラウドは他所のコンピュータにインターネットで接続するだけ!のような印象になってしまいますが、それは穿った見方というものです。「クラウド」と謳っているからには、きっとそこにはいろんな便利なサービスが詰め込まれているんだろうな、と素直にざっくり、暗黙のうちに理解すべきなのでしょう。
では、単なるインターネット経由のサーバーアクセスではなく、実際にはいろいろあるクラウドには、いったい何があるのでしょうか。CMなどの広告からは伝わってこないけど、簡単に言えば、「社内のIT環境でできることをインターネット経由でできるようにする」ということだと思います。ただ、それだけだと、まだ結局「クラウド=インターネット」になってしまうので、そこで重要なのは、「社内にその環境がなくてもインターネット経由でできる」という点です。
社員一人ひとりがローカルでは持っていないソフトウェアをインターネットで使えるようにしたり、パソコン環境をインターネット経由で提供したり、IT環境そのものをインターネット経由で実現したりするからこその、単なるインターネットではない「クラウド」です。
と、ここまで考えてみると、DXを推奨するCMが実際に強調すべきキーワードは「クラウド」ではなく、「仮想化」なのでは??? 仮想化のかの字も出て来ないのが不思議なくらいです。
歴史的に言えば、クラウドがバズワードになるよりも前に、まずIT企業は仮想化を導入していたと思います。個人的な経験では(十数年前の米企業では)この手のテクノロジーに最初に遭遇したのは、従来、複数のサーバーをテスト環境ごとに分けていたのを、物理的に分けるのは無駄なので仮想的に分けるようになったときだと記憶しています。やがて、社員一人ひとりの開発環境も、各自のパソコンに設定するのは手間もコストも無駄なので、サーバー上に各自の環境を仮想化するようになりました。それをインターネット経由で行うようになった頃、世間でも徐々に「クラウド」という言葉が叫ばれるようになってきました。
だから、日本企業にDXを推奨するようなCMも、「クラウド」を強調するよりも、まず「仮想化」を強調すべきなのでは?と思ってしまうのですが、今は時代が違います。クラウドがすっかり定着しているのだから、仮想化を意識させずに「クラウド」という言葉を前面に押し出して、クラウドサービスの中でそれとなく仮想化を駆使しながらも、それをユーザーが意識しないで済むようなパッケージが普及している、と見るべきなのかもしれません。
でも、それは一般大衆向けの場合です。企業のIT担当者は、やはり今でも、まず「仮想化」を意識しながらDXを進めるべきだと思います。その際、仮想化のメリットとクラウドのメリットを別々に整理して、自社の優先順位を考慮すべきです。
仮想化のメリット
仮想化の最大のメリットは物理リソースの節約です。リソースを有効利用できるので、この用途ではスペースを余らせているのに、他の用途では足りないのでもう1台購入、なんて無駄が省けます。これは同時に、物理リソースの一元管理も可能にします。複数サーバーを個々にアップデートする手間もなくなるし、各ユーザー環境を仮想化してIT担当者が管理する場合は、セキュリティも強化できます。ユーザーが勝手に無許可アプリをダウンロードしたり(シャドウIT)、セキュリティアップデートを怠ったりすれば、一人のユーザーの不手際が会社全体に影響を及ぼすなんてこともあります。実際、昨今のランサムウェア被害の多くは、それが主要な原因の1つだと報じられています。IT担当者が各ユーザー環境を一括管理できることの重要性は、年々増しています。
クラウドのメリット
それに対して、クラウドの最大のメリットの1つは、拡張性(スケーラビリティ)です。ビッグデータというバズワードは最近はあまり聞かなくなりましたが、AIの普及も手伝って、企業データの肥大化はますます進んでいるに違いありません。長い目で見れば、将来的な事業規模の拡大に合わせたスケーリングも考慮しなければならないし、オンプレミス環境だけの対応では限りがあります。クラウドだと、地理的、時間的制約がなく、いつでもどこでもアクセス可能になるので、スケーラビリティに加え、アクセシビリティも向上します。さらに、セキュリティにおいても、オフサイトのバックアップや障害復旧(DR)の側面から、仮想化とは違った意味で重要な役割を果たします。セキュリティのアップデートや管理をクラウドプロバイダに任せられる点も利点と言えるでしょう。
ただし、他者に依存することによって、セキュリティに不安を感じる企業も少なくないようです。管理を任せること自体よりも、ベンダーに縛られることのほうが、将来的な柔軟性が制限されるリスクを孕みます。オンプレミス環境や複数クラウドを組み合わせたハイブリッド環境のほうが合理的だと判断する企業が増えているのも頷けます。
クラウド+仮想化
いずれにせよ、闇雲にクラウド化を進めるのではなく、一度立ち止まって、オンプレミス環境だけで足りるのか、クラウドへの移行が重要なのか、それらを組み合わせるべきか、個々の選択肢のメリットとデメリットを自社の要件に照らして検証することが大切です。その際には、オンプレミスvsクラウドの比較だけでなく、「仮想化」もクラウドと切り離して、個別にその利点を検証してみてください。得てして、「クラウド」そのものよりも「仮想化」のほうがDXの根本を支えていて、そのうえで「仮想化+クラウド」への進化が理に適っている場合が少なくないはずです。