前回はアメリカズカップに出場するヨットのテクノロジーについて書いたが、
今回はレースをTV画面を通じて見る側にとってのテクノロジーのイノベーションについて
書いてみようと思う。
アメリカズカップのTV放送や配信動画の映像をみた読者の方もいるのではないでしょうか?
それぞれのヨットの艇速、ヨット間の距離、ヨットコースのボーダーラインそして風向などが
ライブ放送の画面上にコンピューターグラフィックにより描かれていたことを
記憶されている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
アメリカのスポーツ中継ではコンピューターグラフィックをライブ放送の画面に表示させて
いるのは数年前から当たり前になってきている。 野球では、ストライクゾーンをピッチャー
後方の視線から表示して、そこにピッチングされたボールの軌跡も一緒に表示したり。
フットボールではフィールド上に現在のボールの位置や10ヤードのゲインラインなどが
表示されている。
また最近ではオリンピックなどの放送でランナーやスイマーの競技中の映像に世界記録
を出すためにはどの位置にいなければならないかを示すラインなどを表示している。
これらの技術を開発しTV放送に1998年から提供している会社がSportvisionである。
アメリカズカップではSportvisionがヨット競技専門に開発したシステムにより、画面上に
数々のグラフィックデーターがオーバーレイされている。
他の競技よりも複雑になったシステムにはどんなテクノロジーの進歩があるのか
探ってみようと思う。
ヨットという競技自体があまりメジャーではないので、スタートしてからフィニッシュする
まで早いもの勝ちで勝敗が決まる以外にはどんな勝負の要素があるのかを知らない
方も多いだろう。
またヨットを走らせている風というものが目には見えないので、レース自体も見ていて
解りにくい部分も多い。
画面の映像では明らかに前にいるように見えるヨットが、実際には後ろを走っていたり、
艇速は早いヨットのほうが負けているとアナウンスされたり。
これらは全て、風向きに対してのヨットの位置を相対的に考えて順位を決めているために
起きることだ。
例えば風上の目標マークを目指して2艇のヨットが競争している場合、風向きに対して
45度で、艇速10ノットで進むヨットAと風向きに対して60度で、艇速12ノットで進んでいる
ヨットBがある場合、艇速だけを比較するとヨットBの方が速く進んでいる。
ところが、風上の目標マークに対してはどうだろう。それぞれのヨットの風上方向へ進む
速度成分を求めると7.07ノット(10ノットのSin45 )と6ノット( 12ノットのSin 30)と
いうことになり、ヨットAのほうが風上の目標マークに対しては1ノット程度速く進んで
いるということになる。
このようにヨットレースではヨット自体のスピード艇速だけでなく、艇速の風上成分の
速度(VMGと呼ばれる)を上げることが非常に重要であり、レースの大きなポイントとなる。
そしてもう一つヨットレースを複雑にしている要素として、ヨットを進めるエネルギー源で
ある風がつねに変化しているということがある。
ある時点では風上の目標マークに近い位置にいたとしても、風向が変化してしまうと
目標マークに遠くなってしまうこともあるのである。
アメリカズカップのレース中の映像について話を戻してみよう。
レース中の相手のヨットとの距離が表示されているが、2艇の間の物理的な距離を表示
しているのではなく、風上(または風下)の目標マークに対してリードしているヨットと追い
かけているヨットに風向に対して90度の線を引き、その線と線の間の距離がどれくらい
あるのかを表示しているのである。
ヨットに搭載されているGPSのデータをとれば2艇間の物理的な距離を出すことは簡単
にできるが、風に対する相対的な距離をだすには、画面には見えていない風向の情報
をデータもなければ計算ができないことになる。
もちろん風向が変われば、それらの距離も逐一計算し直されている。
次にそれらの計算結果を画面に表示する場合を考えてみよう。 フットボールフィールドや
野球場の場合には撮影しているカメラ位置は固定されているので、計算結果のグラフィック
を画面に重ねることは比較的用意に行えるが、海上で撮影が行われているヨットの場合は
どうだろう。 ヨットレースの場合は固定カメラが使われることはほとんどなく、ヨットに搭載
されえいるオンボードカメラを使ったり、ヘリコプターによる空撮を行っている。 これらの
場合には撮影するカメラ側もつねに動いているわけである。
(ヘリの場合には2次元だけでなく高度の変化も加わった3次元の変化となる)
アメリカズカップの場合には、精度の高いGPSがそれぞれのヨットに取り付けられており、
それらのヨットの位置が5cm程度の誤差でプロットできる。
そこに風向を加味して、目標のマークに対してどちらのヨットが近いのかを示すラインを
引いて、その間の距離を計算する。
そして、それらの情報を画面に出す際に撮影しているヘリ上のカメラの位置、高さ、そして
カメラの海面に対しての傾きも計算して、画面上に情報をオーバーレイ。
それらを生中継の映像に1秒の遅れもなく表示させているのである。
アメリカズカップの中継画面上にあるコンピューターグラフィックには、いかに高度な計算と
高速処理が必要なのかが改めてわかるだろう。